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探偵物語・・・の巻

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CHAPTER4 捕獲

午後になってきじクンからメールが来た。

『遠藤さんに
1.ゆずの最後の目撃情報
2.毛が落ちていた穴
3.工場と隣家の隙間が猫の通り道であること
を伝えました』

あとは探偵さんに任せるしかない。
14:00 を過ぎたあたりから、寒気がしだした。関節が痛い。
やばいなあ、熱がでてきたのかもしれない。計るのが恐かったけど、もし土日に倒れたらゆずを捜せなくなってしまう。計ってみると 38 度あった。
会社を 30 分ほど抜け出して病院に行った。

待合室で待っている間にも、どんどん寒気が増して朦朧としてくる。
このまま死んじゃったら、ゆずの居場所が分かるかな。そしたらゆずを連れて一緒に成仏できるかもしれないなあ。あ、でもきじクンが一人残っちゃうか。
んじゃ、やっぱりゆずの居場所だけ教えてあげようかな。そしたら私は成仏出来るかも。
なんて考えていたら名前を呼ばれた。

インフルエンザの可能性があると言われ、薬をもらう。
ゆずが見つからなかったらきっとこの風邪も治りそうにないな。今私のNK細胞はウイルスと戦う気力すら無いだろうからなあ。
ネットの掲示板では「くじけないで頑張る」などと書いてはいるものの、心のどこかではもう二度とゆずに会えないんじゃないかって思いがよぎっている。

たとえ、どこかでゆずが死んだとしても目の前に死体があれば諦めがつく。
でも姿がなく、死んでいるか生きているかもわからない、そういう宙ぶらりんな状況は耐え難い。ゆずが見つからなかったら会社も辞めちゃうかも。具合が悪いからどんどん思考がマイナスに向かう。

17:30 ころ携帯の電話が鳴った。探偵の遠藤さんからである。
「工場内のどこに餌を置きましたか?二箇所置いたと伺ってますが。ひとつはオレンジ色の器ですよね?あと一箇所は?」
「穴の前に置きました」
「どのくらいですか?」
「えと、ほんの少し並べました」
「10 粒くらいですか?」
「もうちょっと少なかったかもしれません」
「穴のところの餌はなくなってます。器に入っている餌も、喰い散らかされています」
「ほんとですか?」
「ただ、敷地内に猫がいますので、その子が食べたのかもしれません。でも穴のところには見る限り餌はないです」
「じゃあ、もしかしたら・・・可能性はありますよね」

いったん電話を切る。
もし、穴の中にゆずが居て、そして餌を食べたとしたら・・・
明日が土曜日なのが悔やまれる。工場はお休みだ。こうなったら、ミッションインポッシブルみたく乗り込むしかないか。人間が通れるくらいのフェンスの穴は確認済みだ。
「警察沙汰になったら会社クビかな?刑事事件にならなければ平気かな?」
「でもこうなったら進入しかないでしょ」と同僚が笑った。

それから15分くらい経ってまた電話が鳴る。遠藤さんからだ。
「ゆずちゃんは茶色いけど、鼻の周りは白いですか?」
心臓の鼓動が速くなる。

「はい、そのとおりです」
「じゃあ、ゆずちゃんだ。居ますよ。今、穴から顔を出してますよ。またたびをまいたら顔を出してきました」
「ゆず、居ましたか!!」
同僚たちからも「わあ!」と声があがる。
「今すぐ帰ります!」
どうせ後かたづけをしていたときだったので、そのままパソコンの電源を落として会社を出た。

本当はもう工場のおじさんは帰る時間だったようだ。でも一時間くらいなら待っているよと言ってくれたらしく、遠藤さんは工場内で待機してくれている。

具合が悪いのも忘れて走った。電車の中でぜぃぜぃ言いながら汗をかいている私は、かなり怪しい人だったかもしれない。

きじクンにも連絡を入れ、すぐに帰ってきて!と言った。
駅の階段を駆け上がり走った。さすがに苦しくなって咳が止まらなくなった。ここで呼吸困難で倒れては元も子もない。深呼吸をしながら歩いたが、嬉し涙が溢れてくる。
まだまだ、喜ぶのは早い。穴から出てくるかが問題だ。確実に出させるにはどうすればよいだろう。

工場に向かう途中のコンビニで、私は猫の缶詰を買った。
工場につくとおじさんが居て、遠藤さんは穴の前にしゃがんでいた。
「顔を出して、出てこようとしていましたよ。飼い主さんが呼びかけたら出てきますよ。家の鍵はあいてますか?」
「いえ、開けてきてませんが。開けた方がいいですかね?」
「あ、僕が鍵をあければいいか」
鞄と鍵を足下に置き、資材をまたぎながら穴に近づいた。
「家にキャリーバッグはありますか?」
「はい。あります」
「持ってきていた方がいいかなあ」
確かにせっかく捕獲しても、じたばたして逃げられては困る。躊躇していると、きじクンが現れた。

きじクンにキャリーバッグを持ってきてもらうように頼み、私は穴の前にしゃがみ込んだ。
「僕は離れていますから」と遠藤さん。

「ゆずぅ、ゆず。おうちに帰ろう」
声をかけると、最初に「シャーッ」という声が聞こえた。
「ゆず、おなか空いたでしょ。缶詰持ってきたよ。こっちおいで」
「にゃん」
確かにゆずの声だ。

「ほらゆず。缶詰おいしいよ」
缶詰をあけて、指先に少し取り、穴の中に手を入れてみた。鼻が出てきて顔が出てくる。
「ゆず、お腹空いたしょ。ほらおいしいよ」
「んにゃん」
ゆずがペロペロと指先を舐める。もっと欲しがって、顔がちょっとずつ出てくる。缶詰を少しずつあげながら、徐々におびき出した。

右足が出てきた。まだこれじゃ抱き上げられない。もうちょっとの我慢だ。
焦っちゃだめ。堪えて堪えて・・・
「ゆず、帰ろう」
「にゃーん」

両方の前足が穴から出たところで、ゆずを抱きかかえる。
抵抗もなく腕の中に納まった。しばらくその場でゆずを抱っこした。
「寂しかったでしょぉぉ」
ゆずを抱っこしたまま立ち上がって、振り返ると、周りから安堵の息が聞こえた。
きじクンがキャリーバッグを広げると、ゆずはその中に入っていった。チャックを閉める。途端に涙がボロボロこぼれた。

「よかったねえ」と工場のおじさん。
「ほんとにありがとうございました。後ほど改めてお礼に伺います」
と言ったつもりだけど、泣き声で聞き取ってもらえたか不安である。

「僕は電柱に貼った貼り紙を剥がしてきますので。まずはゆずちゃんを家に連れて行ってあげてください」と遠藤さんは言って去っていった。
家の鍵をあけると、キャリーバッグの中から「うにゃあああん」とゆずが力強く鳴いた。
自分の家だと分かったらしい。

「ほら、ゆずおうちだよ~」
チャックを開けるとゆずが飛び出す。あたりをきょろきょろと窺って、部屋の中を散策する。
「ゆず、すごく臭い。この匂い穴の中から匂ってきたのと同じだよ。やっぱりゆずの匂いだったんだ」ときじクンが言う。確かにゆずからはプンプン、あの穴と同じ匂いが漂っている。
やっぱり獣なんだなあって思った。

すぐにきじクンがブラッシング用のブラシを持つと、ゆずが寄ってきた。
ゴロンと横になったので、ブラッシングをするとどんどん汚い毛が抜けてきた。ゆずは気持ちよさそうに伸びた。

水をグラス一杯に入れたが、ゆずはごくごく飲んで瞬く間に空になった。
餌は置いたけど、水はあげなかったから、相当喉が渇いていたに違いない。
ゆずを観察する。外傷は鼻の頭の擦りむけ程度。目も怪我はしてないようだ。触られても全然嫌がらないから、手足の怪我も心配ないようだ。

ゆず
ほんのちょっと鼻の頭が擦りむけているゆず

遠藤さんがポスターの回収を終えて戻ってきた。もうなんとお礼を言ったらよいかわからない。
話によると夕方まで工場のおじさんが留守だったので、中に入れなかったようだ。
16:00 過ぎにやっと中に入ることが出来、餌を見ると喰い散らかした跡があったので、穴のところにマタタビをまいて待機していたらしい。

「ご主人さんの推理、お見事でした。ゆずちゃん見つかってよかったですよ」
「本当にありがとうございました。これからも頑張ってください」
「はい、頑張ります」
そう言って遠藤さんは帰っていった。

「夕飯、出前でも頼みなよ。寿司でもいいよ」
「じゃあ、お寿司。ゆずが帰ってきた祝い寿司だから、祝月にする」
そのあと、きじクンは実験が途中だったので、研究室に戻っていった。

ゆずはお腹が空いたらしく、台所に立つ私の後を、にゃーにゃー言いながらついてくる。
よく見ると、歩き方が少しおかしい。左足をかばっているように見える。
やはり 2F から降りたときの衝撃でヒビでも入っているのだろうか。そっと触ってみたが嫌がる気配はない。明日念のため病院に連れて行こう。

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