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探偵物語・・・の巻

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CHAPTER3 推理

きじクンが家に帰ってきたので、今日の遠藤さんの行動と、状況を伝えた。
それからきじクンは「誓約・契約書」と「ご契約の前に」という書類に目を通し始めた。
その中の一文に
「誰よりも性格や形状を明確に記憶し、世界の誰よりもなついている飼い主様のご協力無くして、保護・捕獲する事は困難と信じますので、ご協力賜ります様にお願い申し上げます」とあった。

「そうだよね。探偵さんは動物行動学に基づいて捜索をするって【ねこだす】書いてあったよね。だったら、俺らは、俺らにしかわからないゆずの行動に基づいて捜索する必要があるんだよ。探偵さんと同じ探し方をしていたらダメなんだ」
「なるほど。その通りかもしれない」

そこでゆずの普段の行動を考えた。ゆずは狭いところが好き。段ボールが好き。
口笛とハーモニカ、私の歌声に反応する。ブラッシングに使うブラシを見ると飛んでくる・・・
捜索に役立つ特徴はあるだろうか。

今日、一件も無い目撃情報。それを考えるとやはりゆずは逃げ出してからどこにも顔を出さず、その場で隠れている可能性が非常に高い。
段ボールがたくさんあるところは、家を出てすぐのところにある酒屋。その倉庫も怪しくないか?

さっそく行ってゆずを呼んでみたが反応はない。
「ここでハーモニカ吹いたら怪しいひとだよね」
「うん、それは怪しい。それに夜だよ」
「そうだよね・・・」ガックリ

家に戻ってまた策を練りはじめる。
「明日は 6:00 に起きて、先にご飯を食べよう。それでゆずが逃げた時間は外にいてどこの店が開いているか、酒屋の倉庫のシャッターは何時に開くのか、どこに車が止まっているのか、それを確認しよう」
「わかった。・・・あ、きじクン。明日はゴミの日だよ。朝いろんな人がゴミ置き場に集まってくる。ゆずを道で見たっていうおばさんも出てくるかもしれない。そしたらもう一回、ゆずがどういう方向を向いていたか、道のどっち側にいたのか聞けるかもしれない。それに他にもゆずを見た人がゴミ 捨てにくるかもしれない」
「そうだ!明日はしかも週一回の資源回収の日だよ。しかも回収時間が早いから主婦は絶対に起きてゴミ捨てに来るよね。よし、今日はもう寝て、明日早起きしよう」

その夜の夢にもゆずが出てきた。ゆずは家に居て、餌を食べていた。
ずいぶん小さくなった気がする。ひもじい思いをしていたんだな~って思った。
ふと目が覚めた。そうだ。ゆずは何も食べてない。怪我をしてなくても餓死してしまうかもしれない。友人宅のチャチャがいなくなったとき、それでもチャチャはご飯を食べている形跡があった。

でもゆずはたぶん何も食べていない。

次の日、4 月 6 日
6:30 過ぎにはもう家の外にいた。朝から咳が止まらなくなっている。完全に風邪引いたな。
でも今日はもうちょっと有力な情報が欲しい。
今日はゆずが食べている「サイエンスダイエット」を少々ビニールに入れた。食べに出てきても車に轢かれないような場所 4 箇所にまくつもりだった。

ゴミ捨て場に行くと、もうかなりの量のゴミが出ていた。瓶や缶の日はみんな出てくるのが早いのかもしれない。もっと早くに来ればよかった。
思ったよりも人が集まらない。ダメだ・・・空振りかもしれない。
明日もゴミ収集の日なので、きじクンは他のゴミ捨て場にゆずの貼り紙をしに行った。

私は工場と民家の隙間、工場のフェンスが破れている部分、酒屋の倉庫裏、酒屋の隣の垣根に餌を置いた。それでもまだ残っている。これをどこに置こうか迷いながら、家から一番近いゴミ捨て場をフラフラしていた。
酒屋の倉庫が開く。時計を見ると 6:57 だった。ゆずが逃げたときには十分シャッターはあいているわけだ。

ふと通りを見ると、ゆずを見たというおばさんが歩いてきた。
私が近づくと、向こうも気づいて
「まだ見つからないの?」と言ってきた。
「はい。で、うちの猫を見た場所をもう一度聞きたいと思って」

私が言うと、おばさんは、工場の隣の家の塀をたたいて
「ここ、この塀の上にいたんだよ。で、向かいをみていたんだよ。向かいはあんたが住んでいる家だよね?待ってたんじゃないの?」と言った。
「え、この塀の上に居たんですか」
「そうだよ。ゴミを捨てに行くときに見て、汚い猫がいるな~って思ったからね」
「で、ゴミを捨てた帰り道、猫はいましたか?」
「さあ、意識もしなかったから、わざわざ見なかったよ」
その情報で十分だった。ゆずはやっぱりこの工場と民家の隙間を通っていったに違いない。

ゆずがいた垣根
この家の塀にゆずが座っていたらしい

きじクンが戻ってきたので報告した。
「ゆずは塀の上に居て、うちのアパートを見ていたんだって」そう言いながら泣けてきた。
ゆずの目にはどんな風にアパートが写ったんだろう。
自分の出てきた家だって気づいていただろうか。アパートの入り口が開いて私が出てくるのを期待しただろうか。気づかなくてゴメンね、ゆず。

タダでさえ咳で苦しいのに、鼻が詰まって息が出来なくなってきた。
「そうすると、塀を伝ってそのまま向こう側に行ってしまった可能性もあるね」
ときじクン。
「ううん、ほら。塀の途中に大きな植木鉢が置いてあるでしょ?野良猫なら飛び越えていくかもしれないけど、ゆずは絶対植木鉢を飛び越えたりしないよ。素直に塀から飛び降りると思う。そのまままっすぐ行けば隙間が狭くなって狭くなったところで、フェンスに穴が開いていたよね。そこから工場内に入ったと思わない?」
「なるほど」
「ねえ、工場のおじさんに言って、中にゆずの餌置かせてもらおうよ。それでもし食べに来た猫の中にゆずが居たら連絡してもらおうよ」
「わかった」

ゆずがいた垣根
塀の途中に鉢植えがある。ゆずはまたがないだろう

工場の入り口に行くと、おじさんはもう来ていて作業を開始しようとしていた。
私たちに気づき近づいてきてくれた。きじクンがおじさんに話しかける。

「うちの猫を見たって人の情報だと、やっぱり工場内に居る可能性が高いんです。で、もしよかったら餌を置かせてもらえませんか?」
「それは構わないけど、他にも猫が来るから、そいつらが食べちゃうかもしれないよ」
「構いません。もしうちの猫に似た猫が食べていたら教えてほしいんですけど」

おじさんは、私たちを敷地内に入れてくれた。それからオレンジ色の器を出してくれた。
そこにゆずの餌を入れる。
どこに置こうか悩んだが、おじさんが作業しているところから見える場所にした。

「よかったら、もう一回探していくかい?」
おじさんが言ってくれたので、敷地内を「ゆず~」と呼びながら探してみた。私は、隙間から通ってきたときに入るフェンスの穴をチェックした。
穴から敷地内に入らずに、そのままブロックの向こう側まで行くことは出来るが、道はかなり狭い。
ゆずだったら、きっとこの穴を通って工場の敷地内に入るだろう。それから、いきなり真ん中を突っ切ることはしないだろうから、壁づたいに歩くはず。

壁づたいに目をやると、プレハブ小屋の下に小さな穴が開いていた。
ちょうど猫の頭一つ通りそうな穴だった。
「きじクン、ここに穴が開いている」
「ほんとだ」
「ゆずの顔が通る大きさだと思わない?」
「でも 6kg あるんだろ?無理じゃないかい?」と工場のおじさん。
「いえ、一応猫ですから、顔が通れば一応入れるんですよ。ちょっと見てくる」

きじクンがプレハブ前に積んである資材をよけながら穴に近づいた。しゃがんで様子を窺っている。
「これ、猫の毛だと思わない?一本タビーが入っている毛があるように見えるんだけど」
見ると確かに毛のかたまりのようなものだ。しかも色はゆずのお腹の毛色に似ている・・・気がする。そのうちの一本をよく見てみると、タビーであることが確認できた。
しかも割と長い毛。
穴に入るときに擦れて抜け落ちたものだとしても不思議ではない。

怪しい毛
長毛種の猫の毛に思われる。タビーも一本混ざっている

「それに、ここ、すごく猫臭いんだよ。COYA っちゃんも来てみなよ」
穴に近づいて、しゃがみ込み、匂いを嗅いでみる。猫の分泌物というか、体臭のような匂い。
「ほんとだ。すごい猫臭い」
「ここで、前に猫が子猫を産んだんだよ。で、まだ中に子猫がいたら困るから穴はふさがなかったんだ」とおじさんが話してくれた。

穴に向かって「ゆず~」と呼んでみたが、返事はなかった。でもここはとっても怪しい!!!
そう思った私たちは、この穴の入り口に餌を数粒置いた。
「もしこの穴だとすると、昨日 COYA っちゃんが聞いた猫の鳴き声もあながち空耳とは言えなくなるかもしれないね」
「うん」

「明日、土曜日はここの工場はお休みですか?」
「うん。土日は休みだよ」とおじさん。
それはまずい、と思った。もしここにゆずが隠れていたとしても土日入れないとすると、捕獲する日にちが延びてしまう。
「探偵さんに、このことを話しておこうよ。で、この穴調べてみてって。私より冷静にしゃべれると思うからきじクン、遠藤さんに電話してね」
「わかった」

工場のおじさんには、今日探偵さんがくるかもしれないからと伝えて工場を出た。
いったん家に戻り、証拠品の毛をファイルする。
「この毛と家に落ちているゆす毛が同一のものか、研究室で DNA 鑑定してよ!」
「そんなの無理だよ」
「なんで無理なのよ~~っ」
分野が違う。無理だとは分かっていても言いたい気持ちは複雑である。

でも的は絞れたと思った。
確かな目撃情報は 2 件だけ。あとの情報(猫の声が聞こえた)はゆずかもという憶測にすぎない。
不確かなものを除けば、ゆずがいる場所はこの工場内ということになる。
もしフェンスの穴に入らず、そのまま反対側のブロックに行けば、広い通りに出て親身になってくれたおばちゃんが居る自営の家辺りに出る。
人通りも多いし誰かがゆずを見ているに違いない。
でも脱走直後の目撃以来、ゆずを見ている人はいない。だから絶対この敷地内にいる。

そう自分に言い聞かせる反面、本当にこう思いこんでいいのか?という不安に駆られる。

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